師走

師走

平成30年12月・・暮れも押し迫りつつある或る日、私は友人と久々に

備後の海を訪れていた。冬の日特有のどんよりとした寒空に、おまけにその

日は小雨混じりでもあった。車中では感じることの出来ない風の冷たさも、

一度車外に出ると、まぎれもない初冬の海風を肌で感じることが出来るのだ

った。平日でもあり、流石にその海の風物詩でもある「お目当ての魚」の一

夜干し、もその日は吊るされてはいなかった。けれど・・・Tさんのとこに行

けば、それは手に入るはずだ。Tさんは、以前はこの海の堤防に数多く立ち並

ぶテントの店舗の中央部に店を構えられていた。温厚で朗らかな性格の彼女

の店は多くのお客で賑わっていた。私も年に一度は必ず彼女の店で買い物を

させていただいている。数年前から場所を移転され、以前の場所からすぐ近

いひとつ中に入った道沿いに今は店を出されている。ストーブを置かれ、こ

の新しい店舗の中で、取れたばかりの「海の幸」を調理し、そして干物など

を作っておられるのだ。私と友人は、車を店の斜め前にあるスペースへと止

めた。はたしてそこには、Tさんがおられた。そして、忙しそうに何やら調理

をされていた。店に近づくごとに、寒気の中に、店からの甘味のある煮物の

よい香りが漂ってきた。先に気付いたのはTさんのほうだった。少し驚いた

ような、懐かしそうな笑顔で私たちを迎えてくれた。

しばらくの間、私たちは言葉を交わし続けたのだった。

その日は、お目当ての一夜干しはもう売り切れていたが、その日の朝獲れた

ての魚介類、干物などを手に入れることが出来た。春先までには、また訪れ

ることを告げ、私たちは、その場を去った。Tさんは、私たちに向かい何度

も手を振ってくださった。友人も助手席から手を振り続けていた・・・

不思議な懐かしさに抱かれていた、ひと時だった・・

             無題

それから、ほとんどお決まりのコースだが、U町へと向かい、U大橋を渡り

、その日はT島へ落ち着いた。午後を少し過ぎたばかりだった。昼食時には

丁度良い時間だった。何度か来たことのある「食事処」で昼食をとることに

した。本来なら、テーブル越し、窓の外には青々と広がる、この島の海が

見渡せる場所である。しかし、その日は終日、灰色の空を映し出した寂しく

て、躍動感のない光景に感じられた。それでも、店内ではそんなことはおか

まいなしに、他の客たちは、平日の午後の昼食を和やかに楽しんでおられ

る・・それが、何かほっとした気持ちにさせてくれるのだった・・

昼食を終え、福山に戻り、喫茶「K」でお茶にすることにした。

けれど途中私は、以前何度か訪れたことのある、別の店のことが心をよぎっ

た。そして、車を引き返し、ふと思い出したその店に寄ることにした。

店に入った。やはり、快晴ならば限りなく見晴らしのよい、その店からも

見渡せる瀬戸内海に目をやった。しかし、そこに広がっているのは、先ほど

と同じく、暗く沈んだ海の姿だった。かなり以前、同じこの場所から、みご

とな夕焼けに染まる海に出会えた。水平線の彼方に、刻々と身を沈めていこ

うとする夕陽の美しさは「海上の浄土」を演出しているかのようだった。

この店のマスターが、興奮気味に、「こんなに美しい夕焼けはめったに見え

ない・・」そう言いながら、写真を撮っていたのを思い出した。

その時一緒に訪れていた別の友人たちと、私たちも景色を写真に収めた。

その一枚が、HP(浄土 真宗)にある光景である。「海の彼方の浄土」とい

う言葉に出会うと、この日のこの景色を思い出す・・。

いつもは賑わっているその店も、その時の客は私たちだけだった。

私たちはコーヒーを注文した。まぁ、小雨混じりの窓越しに眺める海も、そ

れはそれで風情がある・・。普段は無口な友人も、なぜかその時はよくしゃ

べった。海の絵、船の写真で飾られたこの店内で飲むコーヒーは、柔らかな

温もりが感じられた。ふと、テーブルの上を見ると、小さなパンフレットが

置いてあった。そこには、毎月決まった日に、「集い」を行っているとの内

容が書かれていた。

しばらくして、私たちは店を出ることにした。出がけに、私はマスターに,

置かれてあったパンフレットの内容を尋ねた。マスターは私に微笑みながら

「ああ、あれですか・・実は以前からこのお店で、時折お客様との語らいの

時、を持つことにしているのです。普段は・・ここから眺めるこの海は・・

限りなく美しいんです。そして、お客様が疲れた時、悩みのある時など・・

私がお話をお聞きする、お話している内に、元気が出てくる、そんなことも

ありますから・・」そう言って、再び微笑まれた。そして、さらに、

「実はわたし・・シャカ(釈迦)が好きなんです。」そう言われたのだった。

「ただシャカ(釈迦)という方が好きなんですね・・」そう続けて言われた

のだった。

「そうでしたか・・」私は肯いた。店を出た時、何か温かな力が体から湧い

て来るのを感じた。空間が動いている・・何かが解けている・・。

私たちは帰路に着いた・・。画像の説明


人生とは・・旅である。そして人間とは、皆旅人である・・。

この世を生きているということは、結局は、旅をしていることにほかならな

い。今日一日の旅、ほんのひと時の旅・・人から人へ、場所から場所へ・・

長い旅、短い旅・・我々は旅の中にいる・・。旅、であるということは、そ

こでは、楽しいことも、そして辛いことも当然ある。しかし、何れの旅にお

いても感じることは・・人生とは、今生とは、懐かしいものである、という

ことだろうか。我々を抱いてくれている、無限の空間の演出は、我々に様々

な味わいを与えてくれている・・ということだろうか・・。

この世とは・・懐かしい場所である・・と言うことに、ほかならないのだろ

う。

             南無阿弥陀仏

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